我が家だより:殺虫の慟哭

列島は無事入梅を果たしたわけですが、春です。春といえば生き物がたちまち活発になる季節でありますが、とりわけ虫の活況ぶりが気になるものでして、というのも私、生来より昆虫の類はめっぽう苦手なたちなのです。小学生の時分など、おおかたの男子は昆虫とやたらと愛でていたりするわけで、特にカブトムシなどの強そうな甲虫を育んでいるものは、友人らを集めて「このカブトムシ、触ってもいいよ」などと提案したりしますが、こちらはといえば「別に、触らなくてもいいのだけど…」と思いつつ、まあ縁起物と思って腹の横っちょを親指と人差し指で挟んで持ってみれば、かの甲虫らは脚をもぞもぞと動かして逃れようとするので、その感触が指先から伝わってくるのは何とも言い知れぬ感触で、うんやっぱり自分は昆虫はあまり好きではないのだなと再確認したのでありました。

 

さて先日、ゴミ出しに外に出たところで隣人に声をかけられました。「あれ、蜂の巣じゃないですか?」と指差す先、我が家の軒先には確かに蜂の巣らしきものができておりました。人間が刺されでもしたら一大事、これは一家の大黒柱たる自分が退治せねばならんなと思い、やるならば巣もまだ小さい今が好機と、洗車などに使う、ホースの先にトリガー的なアレがついたやつを引っ張りだし蜂の巣を水の勢いで落とすことにしました。水をなるたけ勢い良く当てるべく集中的に放水される形状のノズルを選択し、消防士よろしく放水を開始、蜂の巣はわずかばかりの根本を残し見事散り散りになったのですが、巣が落ちるとともに女王蜂と思われる蜂が一緒に地面に落ちてきたのです。身の丈4-5センチはあろうかという体躯は凶暴な黄色と黒のカラーリングで塗り分けられており、見るからに攻撃的な種であるようでした。放水攻撃が効いたか、女王すなわち蜂界のインリンオブジョイトイは地面をもがくように動いていますが、放っておけば活力を取り戻して援軍を呼びにいくかもしれん、援軍など呼ばれた日には滅多刺しにされるのは間違いなく「29歳会社員が自宅前で蜂に滅多刺しにされ変死体で発見」という事態になることは必至、となれば葬祭場やら香典返しやら何かと手配する苦労を家人にかけるわけにはいかんということで手加減無用、放水攻撃で弱っているかのインリンにとどめをさす決意。とっさに踏みつけてやろうかとも思いましたが、相手は弱っているとはいえ攻撃的な蜂、サンダル履きの脚を奴に近づけることはリスクが高かろう、窮鼠猫を噛むとも言いますし。思いとどまり、何か、と思ったところ手にしたるは奴の住処を破壊した放水ガン。この放水で息の根を止めてやることにいたしました。

 

こんな時、いつも思い出すのは往年のフッドムービー、メナス2ソサエティ(邦題は「ポケットいっぱいの涙」とかよくわからないタイトルがついていました)でして、コンビニに強盗として押し入ったギャングの少年2人組、片方がレジをこじ開けてつつもう片方に拳銃を渡し店主の殺害を命じます。拳銃を渡された方は怯えて命乞いする店主の様子に殺害をためらいますが、相棒の「ビビってんじゃねえ!さっさと殺れバカヤロウ」という怒号に「ビビってなんかいねえ!俺はやるぞ!やれる!バカヤロウ!ファックユー!ファック!ファック!」と殺人への躊躇を振り切るように叫びながら店主の頭に銃弾を打ち込む様、初めての殺人に伴う激情というものはかくも極めて厭な類の興奮なのだなと実感させられる、そんな場面なのです。

 

然して、インリンに向けたノズルのトリガーを一心不乱に引きながら、こなくそ!こなくそ!と叫び、過剰なまでに放水を続けた後、無惨な最期を迎えた女王蜂の亡骸を見下ろしながら、ふうふうと息を荒げる私なのでした。